2014年08月05日
花火大会後 清掃奉仕
カテゴリ:心磨き行事報告
昨朝、花火大会後の清掃奉仕を無事に終えさせていただきました。
こころの宮/金光教乙島教会からは総勢13名、朝の7時に玉島児童館周辺に集合し、地元の方々や商工会議所の方々と一緒に一斉にゴミ袋を片手に、道路や溝に落ちている空き缶などのごみ拾いをさせていただきました。
思っていたよりも落ちていたゴミが少なく、比較的短時間で終えることができました。お互いにごあいさつをすることができ、昨夜の花火大会の成功を喜び合い、またお掃除を通じて一つのことをご一緒に取り組むことができました。
幸いにも、一緒に参加したメンバーの中から、この度の経験を通じて新たな気付きがあったとの声を聞きました。
ある20代の女性は、
私よりも若い学生と一緒に作業ができ、言葉を交わすことができたのが嬉しかった。
また、その学生の奉仕活動に対する姿勢に感銘を受けた。
「花火を見てもいないのに、ちょっと面倒だなあ」という気持ちがあったのが恥ずかしくなり、その学生のように心から素直に取り組めるようになりたい、と気付けた。
と、自らの心の中を正直に反省し、課題が見えていたようでした。
また、別の学生の方は、
なんで、こんなにゴミが落ちているのだろう?
道端に落とす人の気持ちがわからない!
と、道などにゴミを捨ててしまう人たちの心中を疑問に感じ、嘆いていました。
正直、私はその疑問に対してその場でうまく回答しきれませんでしたが、振り返ってみて、大事にしたい疑問だと感じました。
そうした人たちにも、そならざるを得なかった心の内、ご事情、背景、経緯があってのこと(たとえば、親がそういう姿を見せていて、ご本人は良くないことと感じていない)。
さらには神さまからご覧になれば、かわいい氏子であることからすると、ただ単に「道にゴミを捨てる人はけしからん」と済ませられることではないなと感じました。
つまり、「他人の問題」ではなく、「私たちの問題」として受け止め、
みんなが快く、ゴミを決められた場所に、分別して捨てることができて、人のこと、周りのこと、道や自然環境のことを大切にできたら、いいですよね。
いずれにしましても、私たちの町が花火大会前と同等、若しくはそれ以上にきれいなる、奉仕活動ができたことは、ありがたいことですし、
参加者同士の交流によって、それぞれに新たな気付きがあったことは、図らずも嬉しいことでした。
空もお土地も、川も海も、神さまのお体であり、私たちの命の元であり、住まわせてもらっている環境。
花火大会をさせていただいた感謝の気持ちを現し、お世話になっているお土地、神さまのお体をきれいに、持ち場立場の違う人と協力してでできたこと、そう思いますと、すがすがしく、ありがたい思いにならせていただきました。
奉仕後にはドリンクを頂き、ちょうどスイカのお供えがありましたので、各家庭で分けっこして頂きました。
きょうもお越しいただきありがとうございました。
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